アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)二十二次・岩村田宿(再掲載)二十三次・塩名田宿、二十四次・八幡宿、二十五次・望月宿【 2005年3月29日実施】

季節は6月も半ば、忙しさにかまけてアップ作業が遅れてしまいました。楽しみに待っていてくださる皆様にお詫びを申し上げます。

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ベンチャースカウトの旅の季節(3月末)から3ヶ月も遅れてしまいました。彼らは春休みを有効に使って一気に歩みを進めています。とにかく健脚です。下の中山道の地図をご覧ください。距離的にはほぼ1/2は踏破したでしょうか。まだまだ難所が続きます。

(読みにくい場合はJpegの後のPDFファイルを開いてお読みください。)

中山道ガイド22次、23次

中山道ガイド24次、25次

しかし、彼らベンチャースカウトの文章力に驚きます。的確で、高校生とは思えない文章。大人も全く顔負け。編集者も恥ずかしい。😅

我が三鷹第一団のベンチャースカウトが彼らのプログラムを超える様な企画を持ってくることを期待しています。

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)十九次・沓掛宿、二十次・追分宿、二十一次・小田井宿、二十二次・岩村田宿【 2005年3月28日実施】

ベンチャースカウト三人は春休みを利用して前半の難所である碓氷峠を踏破、一気に岩村田宿に向かったようです。季節外れの降雪を乗り越え、心も身も軽く、遅い春の軽井沢を満喫出来たとは思えないほど疲れていたはずと想像できます。しかし、しっかりと街道筋の歴史や見るべきものにちゃんとチェックしていて、その点抜かりはありません、さすがです。

追分宿の中山道と北国街道との分岐点、分去れ(わかされ)の近くに、四季派の堀辰雄(小説家:風立ちぬ等)の別荘がありました。私(北さん)が25歳の頃この別荘に行き、まだお元気だった堀辰雄夫人の多恵子さんからコーヒーをごちそうになり、書庫の中の本を自由に見せていただいたことがありました。青春の大切な思い出です。(今は堀辰雄文学記念館となっているようですね)

 

19次;沓掛宿

20次;追分宿

21次;小田井宿

22次;岩村田宿

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)十六次・松井田宿、十七次・坂本宿、十八次・軽井沢宿【 2005年3月20日21日実施】

12年前の我が三鷹第一団のベンチャースカウト三人、中山道の最大の難所:碓氷峠を

越えたようです。雪の残る難所を踏破した三人の写真をご覧あれ!

149.5/402.7=29.7%を踏破

中山道ガイド16次:松井田宿)

中山道ガイド17次:坂本宿)

中山道ガイド18次:軽井沢宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)十三次・高崎宿、十四次・板鼻宿、十五次・安中宿【 2005年3月20日実施】

東京では見頃を過ぎて桜吹雪となっている桜が多いのですね。今年の桜の特徴でしょうか、同じ東京でも場所によって開花の状況が大きく違っている様に感じます。三鷹でもまだまだ桜を楽しめますね。

さて、ベンチャーの三人は健脚です。(高校生ですものね。)倉賀野宿から松井田宿までおよそ10キロを軽く踏破。かつ宿場の調査も怠りません。

 

中山道ガイド_Part10(倉賀野宿~高崎宿)

中山道ガイド_Part11(板鼻宿)

中山道ガイド_Part12(松井田宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)十次・本庄宿、十一次・新町宿、十二次・倉賀野宿【 2005年3月19~20日実施】

我が三鷹第一団のボーイスカウトの春キャンプですが、あいにくの雨模様であったようです。晴れる時もあり、雨になることもあるのが世の常。ポジティブシィンキングのボーイ隊の活動報告は後日に譲るとして、彼らベンチャースカウトは春休みを有効に利用して、いけるところまで歩みを進めておこうとの事のようです。

中山道ガイド_Part8(本庄宿)

中山道ガイド_Part9(新町宿~倉賀野宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)八次・熊谷宿、九次・深谷宿【 2005年3月16日実施】

つ待ちに待った桜の開花予想が発表になりました。東京は3月31日だそうです。

彼らは春休みを利用して今回は熊谷宿と深谷宿に。彼らベンチャースカウトはこれから碓氷峠を超えて軽井沢に入るのですが、突然の雪に見舞われ大変な旅になったと聞いたことがあります。さて、歴史もある熊谷、深谷ですが、彼らの感じた場所を訪れ、12年後の街との違いを感じてみるのも良いかもしれませんね。深谷の見返り松、今でもあるのでしょうか?

八次:熊谷宿

(九次:深谷宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)六次・上尾宿、七次・鴻巣宿【 2005年3月15日実施】

昨日は3・11、色々なところで式典が行われていました。東日本大震災から早6年も過ぎてしまいました。あの未曾有の大災害の記憶も薄れ始めていることも確かです。しかし、問題を抱えながらも復興を確実に進めなければなりませんね。私たちにできることは被災者や避難者への想いを馳せること、これは何とかできそうです。

さて12年前のベンチャースカウト三人です。上尾宿、鴻巣宿と歩みを進めております。彼らの旅に思いを馳せることはとても楽しいですね。

中山道ガイド_Part6(上尾宿)

中山道ガイド_Part6(鴻巣宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)五次・上尾宿【 2005年3月15日】

ボーイスカウト三鷹第一団のスカウト諸君、こんにちは。月末には桜の開花との事。待ち遠しい今日この頃です。

さて、君たちの大先輩のベンチャースカウト三人による(中山道踏破プロジェクト)です。今回は浦和を過ぎて上尾(あげお)宿です。いつもの同じ言い方ですが、編集者のつまらない解説よりも、まず彼らが書き記してくれた報告書をお読みください。青春真っただ中の彼らの魂のことばをお聴きください。公開時期も彼らの旅をした【  2005年3月14日〜2005年8月7日】の季節と合わせることができました。(編集担当:Kita)

中山道ガイド_Part5(上尾宿)

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)三次・浦和宿、四次・大宮宿

ボーイスカウト三鷹第一団のスカウト諸君、こんにちは。さて、君たちの大先輩のベンチャースカウト三人による(中山道踏破プロジェクト)です。今回は蕨(わらび)宿を過ぎて浦和(うらわ)宿、大宮(おおみや)宿です。編集者のつまらない解説よりも、まず彼らが書き記してくれた報告書をお読みください。青春真っただ中の彼らの魂のことばをお聴きください。

3次浦和宿

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4次大宮宿

アーカイブ(中山道踏破プロジェクト)蕨宿

蕨(わらび)宿です。京浜東北線に乗り赤羽駅を過ぎ、荒川の鉄橋を越えた最初の駅名の蕨(わらび)を知っている程度で、編集者の私は一度も降りたことのない駅です。

2013年に蕨宿開設400年のイベントがあったようで、蕨宿HPのアドレスを示しておきます。http://www.warabijuku.com/
1352年には「蕨」の地名が初めて文献(賀上家文書)にあらわれていたそうです。蕨(わらび)と呼ぶようになったのは日当たりの良い河原や草原に生えるわらび(蕨)の産地として有名だったからなのかと思ったのですが、諸説あるようです。

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わらび地名の由来は「蕨」説と、「藁火」がなまって蕨になったとする説が伝えられています。
まず、「蕨」説は、近隣の戸田市や川口市にもある地名の青木、笹目、美女木などの植物にならって名付けたとか、僧慈鎮(じちん)の「武蔵野の草葉にまさるさわらびをげにむらさきの塵かとぞみる」の歌をもって「蕨」としたなどです。
「藁火」説は、源義経が立ちのぼる煙を見て「藁火村」と名づけたとか、在原業平が藁をたいてもてなしをうけたところから「藁火」と命名したなどです。

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余計なお話はこの程度にして、さてあのベンチャースカウト三人は何をこの宿場から感じたのでしょうか?ご覧ください。

蕨宿

(注)上記のページをクリックしていただけると読みやすくなります。

 

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